大正時代の古い講堂
2013年の6月頃、NHKのローカルニュースで、県立瑞陵高等学校(名古屋市瑞穂区)の「感喜堂」が取り上げられていました。
「感喜堂」は大正時代の古い講堂です。
保存の可否をめぐって、知事や市長が現地を視察に訪れていました。
感喜堂の概要
1924年(大正13年)の建物
感喜堂が竣工されたのは、1924年(大正13年)です。
同時期に造られた門柱も残っており、こちらも現役で使われています。
講堂としては、名古屋市内で最古ということです。
旧愛知県商業学校
感喜堂は、建設当時、この場所にあった「旧愛知県商業学校」の講堂として使われていました。
1948年に、旧愛知県商業学校を含む4つの学校が統合されて瑞陵高等学校となります。
それ以来、感喜堂は瑞陵の講堂として使われるようになりました。
まだ現役
この感喜堂ですが、現在も定時制の食堂として利用されています。
学校の先生に話を伺うと、保存の方向にあるようです。
ぜひ残して頂きたいものです。
名古屋市内の主な近代建築
参考までに、名古屋市内の主な近代建築をピックアップしてみました。
- 名古屋市市政資料館・・・ 1922年 国・重要文化財
- 名古屋市役所本庁舎・・・1933年 国・登録有形文化財
- 三菱東京UFJ銀行貨幣資料館・・・1926年
- 名古屋市公会堂・・・1930年
- 東海学園講堂・・・ 1931年 国・登録有形文化財
瑞陵高校について
旧制五中として開校
瑞陵高校は、1907年(明治40年)に、旧制愛知県立第五中学校として開校しました。
旧制五中は、瑞陵高校に隣接する、高蔵高校と瑞穂ヶ丘中学校を含む敷地にありました。
ちなみに、旧制五中の敷地内には、昔は大きな古墳がありました。
現在では、古墳の面影はありません。
著名な出身者
旧制五中時代は、日本の探偵小説の祖である江戸川乱歩や、外交官の杉原千畝が出身者として著名です。
最近ですと、Tスクエアの人や、選挙でおなじみのマック赤坂氏などが有名です。
杉原千畝
2012/10/16には、日本・イスラエル国交樹立60周年の記念講演とオリーブの木の植樹が行われ、午後7時の「NHKニュース7」でも全国ニュースとして扱われました。
校内の風景
文化祭になると、校内は一般開放されます。この体育館「瑞光館」は50年前に出来たそうです。
瑞陵高校 何十年も変わらない校庭の風景。
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