現在の名古屋は内陸都市の印象が強いかもしれません。

しかし歴史をさかのぼると、尾張は明らかに「海の国」という性格を持っていました。

その原点にあるのが、古代の内湾「あゆち潟(年魚市潟)」です。


あゆち潟と古代尾張

かつて名古屋市南部から熱田・港区一帯、さらに天白川流域にかけて、広大な潟湖が広がっていました。

これが「あゆち潟(年魚市潟)」です。

  • 潮の干満で干潟が現れる
  • 製塩や漁撈が盛ん
  • 小舟による水運が発達

この環境は、古代尾張の経済基盤を支えていました。

あゆち潟の名残
天白区のバス停に、あゆち潟の名残があります。

海人系豪族・尾張氏

古代尾張を支配した尾張氏は、海人集団と関わりを持つ氏族とされ、丹後の海部氏とも同族関係にあったと伝えられます。
尾張の建稲種命は、ヤマトタケルの副将軍として水軍を率いたという言い伝えがあります。

海上交通や製塩を支配

海上交通や塩の生産は、ヤマト王権にとって不可欠な資源供給でした。
尾張氏は、その供給によって、ヤマト王権における政治的地位を確立した可能性があります。

尾張氏とも縁の深い熱田神宮の「上知我麻神社」と「下知我麻神社」は、千竃という製塩に関連する神社だと考えられます。

古墳と水運ネットワーク

古墳時代の前方後円墳は、水運と深く関係しています。

熱田台地にある断夫山古墳は、伊勢湾から視認できる位置にあり、海上交通のランドマーク的役割を果たしていたと考えられています。


地名に残る「海」の記憶

愛知の語源

「愛知」は古名「あゆち」に由来するとする説が有力です。

県名そのものが、古代の潟の名を受け継いでいる可能性があります。

名古屋の語源説

「名古屋」の語源についても、海と関係する説があります。

  • 漁師(なこ)の集落に由来する説
  • 波が越えた場所という意味の「浪越」に由来する説

確定的ではありませんが、海辺の地理的環境と無縁ではありません。


海上交通の要衝として

江戸時代、東海道最大の難所は木曽三川の渡河でした。

その代替ルートとして利用されたのが、熱田区の「七里の渡し」です。

七里の渡し

東海道の「七里の渡し」は、熱田から桑名までを結ぶ海路でした。

熱田は

  • 東海道の宿場町
  • 港町
  • 熱田神宮の門前町
  • お伊勢参りの玄関口

として大いに栄えました。

熱田魚市場

熱田区の「熱田魚市場」は、中世以来続く海産物流通拠点でした。

尾州廻船

また、熱田湊や知多方面に拠点を置く尾張藩の廻船「尾州廻船」が、全国流通を支えました。


水運都市としての名古屋

堀川の開削

1610年(慶長15年)、福島正則の指揮により堀川が整備され、 名古屋城と熱田湊が直結しました。

堀川によって、米、塩、木材、海産物などが舟で運ばれ、城下町名古屋の発展を支えました。

堀川沿いでは製材業が発達し、近世名古屋経済の基盤となります。


治水と低湿地の歴史

尾張平野は木曽川・長良川・揖斐川の下流域に位置する低湿地帯です。
そのため、治水は大きな課題でした。

宝暦治水

18世紀半ば、薩摩藩が幕命により行った「宝暦治水」は、木曽三川の流路整理という大規模工事でした。
尾張の治水史を語る上で欠かせません。

伊勢湾台風

1959年の伊勢湾台風は、名古屋を中心に甚大な被害をもたらしました。

このように、尾張は、海とともに繁栄し、同時に海と向き合ってきた土地でもあります。


海洋信仰の痕跡

青峯山信仰

三重県の青峯山を本山とする海上守護信仰は、名古屋市南区・港区など旧漁村地域に広く分布しています。

港区下之一色の「青峯堂」などにその名残があります。

  • 廻船業者・漁民が厚く信仰
  • 鯨に乗る十一面観音像が象徴的

津島天王信仰

津島市の「津島神社」は、全国に約3000社ある天王社の総本社です。

津島天王信仰は、海や川を介した厄祓いとして知られます。

名古屋における津島天王信仰は、

  • 名古屋下町の「屋根神様」
  • 津島代参講
  • 織田家や戦国武将の崇敬

といった特色があります。

宗教的にも、尾張は海と深く結びついていました。


近代以降:名古屋港の成立

江戸期の熱田湊は遠浅で大型船の入港が困難でした。

明治期に浚渫が進められ、1907年に名古屋港が開港します。

現在、名古屋港は日本有数の貿易港であり、輸出額では国内トップクラスを誇ります。

古代の潟から始まった海の歴史は、現代の工業港へと姿を変えました。


まとめ:尾張は本質的に「海の国」

尾張は、

  • 古代:潟と製塩の国
  • 中世:海上交通の結節点
  • 近世:水運都市
  • 近代:貿易港湾都市

という一貫した海との関係を持っています。

現在は内陸都市の印象が強い名古屋ですが、その歴史の深層には、常に海が存在している、といえそうです。