40年以上連続で日本一

日本の三大工業地帯といえば、

  • 中京工業地帯 (愛知・三重・岐阜)
  • 阪神工業地帯 (大阪・兵庫)
  • 京浜工業地帯 (東京・神奈川)

となっています。

この中でトップなのが、愛知県を中心とした中京工業地帯です。

自動車、航空機、工作機械、陶磁器など、さまざまな製造業が、この地域に集まっています。

2022年時点で、愛知県の製造品出荷額は約44兆円。
1977年以来、40年以上連続で日本一を維持しています。

ではなぜ、東京や大阪ではなく、名古屋(尾張)が日本最大の製造業の土地になったのでしょうか。

結論からいえば、その答えは2000年続く産業の連続性にあります。

弥生時代から続く「ものづくりDNA」をたどってみます。


弥生時代:繊維生産

名古屋周辺の産業史は、驚くほど古くまでさかのぼります。

愛知県清須市と名古屋市西区にまたがる弥生時代の朝日遺跡では、

  • 糸を紡ぐ「紡錘車」
  • 麻糸
  • 編み技術(アンギン)
  • 染色技法の痕跡

などが出土しています。

つまり尾張では、弥生時代の段階で、繊維生産という「ものづくり」文化が存在していました。

この地域の工業史は、ここから始まります。


古代:巨大窯業地帯の誕生

工業の歴史は、繊維業だけではありません。

尾張東部では、弥生・古墳時代から大規模な窯業が発展しました。

名古屋市千種区から東部にかけて点在する猿投窯は、日本最大級の須恵器生産地で、約900年続く窯業の歴史を持っています。

ここでは

  • 須恵器
  • 灰釉陶器

などが生産され、全国へ供給されました。

この窯業文化は、後の

  • 瀬戸焼
  • 常滑焼

といった東海地方の陶磁器文化へとつながっていきます。


木曽川と濃尾平野が生んだ産業環境

尾張が工業地帯になった背景には、木曽川という地理条件もあります。

木曽川は信州から流れ、濃尾平野を通って伊勢湾へ注ぐ大河です。

この川は

  • 良質な工業用水
  • 水運
  • 肥沃な農地

を地域にもたらしました。

さらに濃尾平野は、日本でも屈指の広さを持つ平野であり、大規模な工場用地を確保しやすいという利点があります。

この条件は、

  • 京浜工業地帯(東京湾岸)
  • 阪神工業地帯(神戸・大阪)

よりも有利な面がありました。


江戸時代:繊維王国の成立

江戸時代になると、尾張は綿織物の一大産地になります。
特に一宮周辺では、縞木綿、結城縞、寛大寺縞などが大量に生産されました。

それによって、この地域では、

  • 紡績
  • 染色
  • 織り

といった技術が蓄積されていきます。

そしてこの繊維技術が、後のトヨタに代表される機械工業の土台になります。


繊維から機械へ:産業革命の起点

愛知の製造業史で重要な人物といえば、豊田佐吉です。

豊田佐吉は、愛知県出身の発明家で、自動織機を発明しました。
自動織機は、繊維産業の効率化を目的とした機械でしたが、この技術が後に自動車産業へつながります。

その息子の豊田喜一郎は、1937年にトヨタ自動車を創業しました。

つまり、「繊維機械 → 自動車」という産業転換が、この地域で起こりました。


天下普請と清須越し

もう一つの大きな転機がありました。
名古屋城の築城です。

清須越し

1610年、徳川家康は名古屋城の建設を開始しました。
この工事は「天下普請」と呼ばれ、全国の大名が動員されました。

その結果、

  • 石工(穴太衆)
  • 大工
  • 鍛冶
  • 木材加工職人

など、多くの職人が名古屋に集まりました。

清須越し

さらに、慶長17年(1612年)から元和2年(1616年)にかけて、清洲から名古屋への、名古屋城の築城に伴う都市移転政策が行われました。

これにより、

  • 商人
  • 職人
  • 寺社

が丸ごと名古屋へ移動しました。

これが名古屋の商工業の基盤になります。


尾州:世界三大毛織物産地

近代になると、尾張西部は毛織物産業で世界的に知られるようになります。

この地域は「尾州(びしゅう)」と呼ばれます。

世界三大毛織物産地は、

  • イタリア・ビエラ
  • イギリス・ハダースフィールド
  • 日本・尾州

となっています。

これは偶然ではありません。

イギリスでも、産業革命は繊維産業から始まりました。
つまり尾州は、日本における「産業革命の基盤地域」とも言えます。


トヨタと巨大サプライチェーン

そして現在、愛知県の製造業を支えているのは、トヨタを中心とする巨大な産業集積です。

愛知県の自動車関連出荷額は、全国の約45%を占めます。

トヨタの周囲には

  • 部品メーカー
  • 工作機械メーカー
  • 金属加工企業

が密集しています。

これにより、「鉄鋼 → 部品 → 完成車」までが一地域で完結するサプライチェーンが形成されました。


なぜ京浜・阪神ではなかったのか

京浜(東京)や阪神(大阪・神戸)も大工業地帯です。

しかし愛知との違いは、主に三つあります。

① 歴史の連続性

  • 愛知:弥生時代の繊維業 → 窯業 → 江戸繊維 → 機械 → 自動車
  • 京浜・阪神:明治以降の重工業中心

愛知は2000年の技術蓄積があります。


② アンカー企業

「豊田式木製人力織機」によって始まったトヨタという巨大企業が地域に根を張りました。

これが部品メーカーを集め、巨大な産業クラスターを作りました。


③ 地理条件

  • 濃尾平野の広さ
  • 名古屋港
  • 東京・大阪の中間

これが物流効率を高めました。


名古屋は世界史の中の産業都市

日本は資源を輸入し、加工して輸出する貿易立国です。

その中核を担うのが製造業です。

そして現在、日本最大の製造業地域が愛知県です。

この歴史を長期的に見ると、弥生時代の繊維生産から始まり、近代の自動車産業へと続く、2000年以上のものづくりの連続が存在します。


ブローデル的歴史観に見る尾張

フランスの歴史家のフェルナン・ブローデルは、歴史を

短期の出来事ではなく 長期の構造で見るべきだ

と主張しました。

この視点から見ると、尾張の産業史は

  • 土地
  • 技術
  • 職人文化

が連続して積み重なった歴史です。

つまり、尾張の産業史は、日本史のもう一つの本流とも言えるかもしれません。

その原点の一つが、弥生時代の巨大集落「朝日遺跡」にあるのです。