熱田神宮の言い伝えや伝承を時代ごとに紹介しています。
このページでは鎌倉時代(1185-1333年)のものをピックアップしています。
西行にまつわる逸話
西行(1118-1190年)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の代表的な歌人です。諸国を巡る旅に出て、多くの和歌を残しており、同時に、色々な伝承を各地に残しています。
熱田神宮にも有名な逸話があります。
名古屋甚句
名古屋地方の座敷歌で、幕末ごろから歌われ、明治中ごろに流行したとされる名古屋甚句に、西行と二十五丁橋が登場します。
宮の熱田の 二十五丁橋で
西行法師が腰をかけ
というものです(参考URL)。
甚句は、歌詞が7、7、7、5で1コーラスを構成する、日本の伝統的な歌謡形式のこと。
西行戻し
各地に伝えられる西行の逸話には、現地の人たちにやりこめられて退散する、というパターンがあり、「西行戻し」と呼ばれるそうです。
熱田神宮にも「西行戻し」の逸話があります。
「これほど涼しいこの宮を誰が熱田と名を付けた」
と西行がうたうと、白衣を着た人が出てきて、
「西行よ、東へ行くのになぜ西行と名乗ったのだろうか」
と逆にやりこめられ、大明神の返答にちがいない、と退散した、というのが熱田神宮の「西行戻し」です。
二十五丁橋
二十五丁橋は、享禄年間の古図(1528年-1531年)にも描かれており、それなりに古いようですが、実際に西行の時代にあったかは不明です。
西行腰掛石
二十五丁橋とは別に、西行腰掛石というものも、かつては熱田神宮の境内にありました。現在は瑞穂区の浜神明社にあります(参考URL)。
浜神明社の場所
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