守護斯波氏の記憶が残る、大須の歴史スポット

大須の賑わいの下に、室町時代の尾張守護家没落の舞台があったことをご存じでしょうか。

名古屋市中区大須四丁目にある清浄寺
現在は「矢場地蔵」「延命地蔵」として親しまれ、尾張六地蔵第2番札所として知られるお寺です。

しかしこの地は、もともと「小林城」という城郭が築かれていた場所であり、尾張守護・斯波氏と深く関わる歴史を秘めています。

尾張守護・斯波氏と小林城

戦国期の1548年、尾張守護・斯波氏の一族である牧長義によって、小林城が築かれました。

斯波氏は、室町幕府の有力守護大名で、「武衛家(ぶえいけ)」と呼ばれる足利将軍家一門中でも格式の高い家柄でした。尾張国守護として長く君臨してきましたが、戦国期に入ると次第に実権を失っていきます。

一方、織田氏はもともと斯波氏の家臣である「守護代」の家柄でした。しかし16世紀半ば、織田信長の登場によって勢力が逆転。1560年代には斯波氏は尾張から追われ、織田家が実質的な支配者となります。

これは、室町時代の政治制度である「守護制」の終焉を象徴する出来事でもありました。

小林城はその後、廃城となります。

江戸時代と清浄寺の創建

江戸時代初期、この地は尾張藩の剣術指南役・柳生兵庫の屋敷となったと伝えられます。

そして江戸期、尾張藩2代藩主である徳川光友の命により、ここに清浄寺が創建されました。

さらに秘仏とされていた「矢場延命地蔵尊」が遷座され、以後「矢場地蔵」「延命地蔵」として地域の信仰を集めるようになります。

境内には、かつて城を築いた牧氏の墓所も残り、守護一族の歴史を静かに今へ伝えています。

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島田城との関係

名古屋市天白区には島田城跡があります。

この島田城もまた、斯波氏一族の牧氏によって築かれた城です。

さらに、天白区島田の地蔵寺は、斯波一族の樵山和尚によって建立されたと伝えられています。

つまり、

  • 小林城(現在の清浄寺)
  • 島田城(天白区)
  • 島田地蔵寺(天白区)

は、いずれも斯波一族と関わりの深い拠点であり、守護家の歴史的ネットワークを今に残す場所といえます。

尾張六地蔵の第2番札所

清浄寺は「尾張六地蔵」の第2番札所です。

尾張六地蔵とは、尾張地域六ヶ所の地蔵尊を巡る霊場巡拝で、古くから庶民の信仰を集めてきました。

六ヶ所は次の通りです。

  • 長光寺(稲沢市)
  • 清浄寺(名古屋市中区)
  • 地蔵院(名古屋市南区)
  • 如意寺(名古屋市緑区)
  • 地蔵寺(名古屋市天白区・島田)
  • 芳珠寺(名古屋市千種区)

守護家の城跡が、やがて地蔵信仰の場へと変わっていく――そこには、武家の時代から庶民信仰の時代へと移り変わる尾張の歴史の流れが感じられます。

城から寺へ 尾張らしい歴史の重なり

小林城は、守護制度の終焉とともに姿を消しました。

しかしその地は、江戸時代に入り、寺院として再生し、地域の信仰の中心となりました。

大須の街歩きの際には、賑やかな商店街のすぐそばにある清浄寺に立ち寄り、戦国から江戸へと続く歴史の層に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。